3.王女様

車は走りつづける
しだいに潮の匂いに車内は包まれていった
「あれ、海だ」
「ええ、海です…これから渡るのです」
運転手は応えて云った
「渡るって…海を?」
「そうよ渡るのよ」
「何処へ行くつもりなんだい?」
「隣の国よ」
「隣の国!?」
「ええ、そうよ…あなた、何を訊いていたの」
隣の国へ、何故…?
アメリカ、朝鮮、中国、ロシア?
そういえば
景色の流れが異常に早い
あっという間に陸地が無くなっていた
――車は海の上を駈けるのか――
そんなことを考えながら彼女の肩を抱き寄せた
彼女は囁いた
「あなたって、なにか凄いことやりそうな感じがする」
「そんなことはない」
かつて僕は
凄いことをやってやる! 皆と違うなにか凄いこと…そう心に抱いて
芝居に生きる決意をした
現実、今もときどき舞台に立っている
だが
――役者――と、
自分を一言で云うには
僕にはまだ、ためらいがある
この、ためらいはいつか
心から消えるのだろうか
幾年と月日を重ねてゆけば?
世間の称賛と名声を得てすれば?
消え失せるのだろうか
…きっと、消えはしない
生涯掛かっても
消えるものではないだろう

彼女は僕の肩で目を閉じた
髪をそっと撫でた
すると彼女は
「私、昔、王女様になりたくてしかたがなかった…
それは夢でしかなかった…
でも今、なんだか王女様になったような、そんな気分」
僕の心臓は鼓動を高ぶらせていた
胸が異様に痛んだ
海を見た
驚いたことに
空にはかもめ
海には大小さまざまな魚たちが
一列になって
――まるで大名行列のように――
ずうっと続いていた

よくよく眺めてみると
海の潮流までが僕らの進む方向に…
「あっ」
運転手は眠っていた
僕らは流れているんだ
なんだか本当に王様になったような気がした
だが、僕は叫んだ
「王様なんていうものは、よくないものだよ…
貧しい人から、
国民皆から財を奪い、自分達だけが楽しているのさ…
いくら立派な王様といったって、
所詮、庶民から奪った金で生活しているのだから」
「あなたは、そうじゃないわ」
と、彼女は云った


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(C)1999 篁 龍骨