6.自分

目が覚めると
隣にはやはり彼女がいた
どうやら先に目覚めていたようだ
「どうしたの?」
「いや、ちょっと凄い夢をみて」
「どんな夢?」
「いつもの暮らし」
「素敵な夢なのね」
「…君は僕を買い被っている」
「そうかしら?」
「そうだよ! だいたい君は僕の何かひとつでも知っていると云うのかい?」
「なんだか凄いことやりそう、って云わなかった」
「凄いことなんてするものか! 君はおかしいんだ…
たった今し方、地下鉄のホームで知り合って、
タクシーに乗り合わせただけじゃあないか
…今の僕が君、否、君はおろかどんな奴だって素敵と思う筈はない…
君は僕をおちょくるのかい?」
彼女は声を震わせて囁いた
「どうしてそんなことを云うの」
その時、海の流れは止り、魚やかもめは心配そうな顔をした
だが、僕の目にはそれらの光景が入ってこなかった
「知っているかい? 以前の僕は何事にも一生懸命、
自分の理想を掲げ突っ走ってきたよ…
でも、今はそんなじゃあない…
やりたいことは全部押さえて、それが我慢できなくなれば
人を殴って解決するような奴だよ」
「でも、あなたは自分が悪いと思ったことには、絶対に従わないで抵抗するわ」
「腐りたくはないからな」
「やっぱりいいところ持っているじゃない」
彼女はつづけた
「なのに、なんで当たるの?」
彼女の頬を涙が伝った
僕は慰めずに云った
「人のこと考えていないんだよ」
「…」
「自分の理想掲げると、人のこと関係無しに突っ走ってしまうんだよ…
正しいことやっているのに自分が悪くなることにアタマきているんだよ」
彼女は沈黙したままだった

ようやく海の流れも回復し
かもめはゆっくりと翔びはじめた
魚もゆっくり泳ぎだした
運転手が呟いていった
「人間いくらでも大きくなれますがね、それとともに失うものも大きいのですよ」
彼女は僕の腕をきつく抱きしめ
遠くの海を眺めていた


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(C)1999 篁 龍骨