先輩

HIROKI   

 その日、僕は疲れていたのかもしれない。それとも夢を見ていたのかもしれない。 なにしろ、自分の飼い猫と会話をしてしまったんだから。
 「なあ、長いことなにを悩んでるんだ?」
  ベッドに寝っ転がっていた僕の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。驚いて目を開けると、 そこには飼い猫がちょこんと座って僕の方を見ていた。
 「だから、なに悩んでんのか言ってみなって言ってるだろ。俺だって人間の歳にすればお前の倍以上の年齢になるんだぞ。 その人生の先輩が相談にのってやるって言ってるんだぞ。素直に話してみろ」
 僕は猫の迫力に負けたのか、わけのわからないまま悩んでることを話した。
 「なんだよ、将来のことかよ。くだらねえことで悩むなよ」
 「くだらないくはないっ。やりたいこともないまま大学に行って、会社に入って、それで僕はどうなるのかって…」
 猫のひとことに言い返そうとしたが、終わりの方は言葉にならなかった。
 「ばっかだなあ。お前くらいの歳でやりたいことがはっきりしている方が変なんだよ」
 「えっ?」
 「それにな、やりたいことなんてのは、ウジウジ考えてたって見つからないもんなんだよ。 とにかく大学とやらに行って、いろんなことを体験して、それでもやりたいことが見つからなかったら、 その時もう一回悩んでみろ」
 「そういうもんかなあ…」
 「そういうもんなんだよ。あ〜あ、しゃべり過ぎて疲れたから、俺はちょっと寝るから絶対起こすなよ!」
  そう言って猫は丸くなってしまった。僕もまたベッドに寝っ転がる。そして、 しばらくして目が覚めると猫はいなくなっていた。
 やっぱり夢だったのかな、猫と話すなんて。でも僕はなにかスッキリした気持ちになっていた。

fin    


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