9.優しいということ
とにかく城へ向かって歩く
意外なことに試練なんて云うものには
なかなか遭遇しない
退屈――
ぼぉっとしながら歩く
すると一匹の小虫を踏み潰しそうになった
おっと、よける
僕は仏教の修業僧ではない
こんな宗教まがいのことはやめてしまいたい
“人間は目的を遂行することが善”
そうだ、このまま進んでしまいたい
しかし、やはり殺生は悪いこと
自分が殺されることが嫌なように
殺される側は嫌なのだろう
“人間は目的を遂行することが善”
これはどうやら嘘のようだ
そういえば、高校生の頃
こんなことがあった
学校での行事で
僕らは“楽しい”ということを目的に
やっていた
ある先生がちょっとしたことで規制を加えた
「キマリはキマリだ――」
だが、あまりに莫伽げている
「おまえらがキマリを守らないと迷惑する人がいるんだ」
仕方がない
実際そうなのだが
だが、キマリはキマリが許せない
実際に迷惑すると云っている人は
間接的に、理性的に、好ましくないな…という気持で
心の底では僕らの活躍を期待しつつも反対のことを云う
怒りが脳髄の底から沸騰した
お坊ちゃんに、お嬢ちゃんたちが…
僕は周り全てを軽蔑した
だが、これは本当は怒るべきことでないのでは?
目的に向かって遂行してきた
だが、少なくとも、その先生には迷惑をかけたことは確か…
善し悪しはとにかく
考えるべきことは唯ひとつ
僕らがキマリを破れば
誰かが一人傷ついた
そう思っていたら
自然と周囲を気遣い始めた
少しだけ
優しくなれただろうか
(C)1999 篁 龍骨