雑記帖   '99年 12月
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1999年12月27日/すぎうらよしゆき
 冬コミに行ってきました。ねこねこ展のメンバーの人達と遊んでました。
 とはいえ、曽根さん(曽根さんのHPは、このサイトの リンクページ から見に行ってね) のスペースでみんなで遊んでたので、ちょっと迷惑だったかも…。
 コミケ終了後さんきゅうさんを呼び出して、さかなさんと3人で「呑めや歌えや」の○○騒ぎをしてきました。
 ふだん会えない人達に会えるし、コミケっていいよね。今回もいろんな人達に会えました。
 「なまけものが見ていた」の作者、村上たかしの奥さんの佳代さん、喜国雅彦の奥さんの国樹由香さん、 猫まんが雑誌「にゃお」(現在廃刊)に連載していた榊原初梨さん、 「アクションまんがランド」(現在廃刊)で連載していた三河屋笑天さんに、 「まんがくらぶオリジナル」で連載中のきんこうじたまさん、などなど。
 完璧に私の趣味の世界になってますが、むっちゃ嬉しかったです。
 夏コミは受かるといいなぁ。

1999年12月25日/縞璃栖
 1900年代もあとわずか。みんな、2000年はまだ20世紀だからね。21世紀は2001年からだよ。
 そんな勘違いネタの漫画が多いですね。やっぱり、みんな考えることは一緒、ってコトでしょうか。
 そういえば、Nさんの予言は予想通りハズレましたね。なんか起きないかな、などと期待してのは私だけでしょうか?  いや、正直な話、期待してましたね、私は。
 予言は信じてなかったけど、なんか起こったら面白いじゃないですか。シャレにならないコトだったらヤバイけどね。

1999年12月23日/すぎうらよしゆき
 先日、忘年会があった。メンバーは4人だったが、全員が「酒飲み」と言われる部類に属される人間たちなのだ。
 まずは集合場所がわかりにくい?場所だったため、待ち合わせに不都合が。そして店も決めずに飛び込み。 そしてメニューを見てちょっと笑えたのは救い。
 なかでも「ロシアンタコヤキ」は笑えた。激辛タコヤキが2個あるとのことだったが、 そのうちの1ツを私が食べたらしいのだが、辛いものが平気なためなんともなかったのだ。 (しかし、メンバー全員が辛いもの平気だったのも失敗だったかも)
 その後2次会では、モバイルで遊んでるし(下記参照)。トイレに立った会長が行方不明になるし。 んでも、久しぶりに集まったせいか、妙に盛り上がってたね。
 さあ、次は年明けの新年会だ!

1999年12月22日/(忘年会にて…)
 21世紀へむけて自分の生き方を考えよう。
 なんてね うふふ

 僕はバラ(肉)じゃありませんよ!
 ワシはロースじゃ!
 あ、「ローズ」(肉)じゃなかったんですね。
 おい、それは、横浜の23ばんじゃ
 ちゃうわい! 近鉄の4番じゃ!
 よこはまのひとは「るーず」じゃなかったよね。Tにほしいわ、ほんま。
 ホントはボクはnashonaru hokkei riigu fan!
 [riigu]とはなんじゃい! すーちゃんのぷらいべーと情報をインターネットに[riiku]したろうか!?
 できるもんならしてみい!
 じゃ、すきやき用やステーキ肉でパック詰めになってるスーパーのお肉の横に入っている白いのはどうするんじゃい、って長いわ! しかし。
 しかし、ってワシは横山やすしか!
 いやいや、これだけ人格があるんだから、びりーみりがん かな
 オマエ、両方とも実在しとるやないかい!
 さて、ところですーちゃんはいったいどんなひとになりたかったのかなぁぁぁぁぁ.........
 本当のとこ言ってダンプの運転手でした。あーあの夢はいずこへ
(原文ママ)  

1999年12月22日/ばい ぜん…
 とある休日に街を歩いていると「右翼」と言われるグループの街宣車が走っていたのだが、 交差点で前に右折車が止まっていたのを見てマイクで言ったひとこと。
 「オラッ。さっさと行かんかいっ! なにしとんじゃ、お前」
 その直後、右折しながらのひとこと。
 「横断歩道を歩いてるオジサン、そこは危険だからどいてください」
 さすが、としか言いようのないセリフですな。○○会というグループ名が書かれていたが、 なんかあると怖いから伏せ字にしときます。

1999年12月20日/すぎうらよしゆき
 久しぶりに身体が壊れた。腰が痛くて重い。そのせいで、背中が張っている。おまけに肩と首まで痛くなっている。
 最悪なことに、風邪までひいたらしい。38度ちょっとの熱があった。そのせいで関節が痛くて仕方がない。
 そんな状態で2日間仕事をしていた自分が悲しい。いや「なんかダルイなぁ…」とは思ってたんだけどね。
 はたして、この週末で体調は戻るのだろうか?

1999年12月18日/HIROKI
 今日の帰りの電車内での出来事です。10人くらいの女子中学生が座席を占領していた。しかも喧しい。
 周りにはじいちゃんたちも何人かいたが、席を譲る気配はない。やがてその子たちが降りる駅になったらしい。 ドアの方から「次、降りるわよ」という声が。
 声の主は引率の先生だった。
 ふざけんなっ! 引率がついてるんなら、席に座らせるな。ガキは立たせとかんかいっ!
 今はそんな先生ばっかなのか!? 勉強以外は教えられんのか? 社会常識や社会マナー、 ルールも教えなイカンのやないか?
 そんなガキどもがこれからの社会を作っていくのかと思うと、とっても怖いぞ。

1999年12月18日/めぞふぉるて
 HIROKI氏の上の文を読んでふと思い出した。
 その昔、血気盛んな頃。電車の中でツバを吐きまくる少年がいて、怒鳴って注意したことがあった。 その少年は下を向いたまま、こちらに目も合わせようとしなかったが、とにかく吐くのは止めた。
 また、初老の男がタバコに火をつけようとしたのをやっぱり怒鳴って止めさせたこともあった。 何かと理由をつけて向こうも怒鳴ってきたが、そこはこちらの声の大きさで制した。
 いずれにしても周囲の人々が「私は無関係」なんて顔していたのを覚えている。 また、それが快感だったりもした。 (考えてみれば電車の中で怒鳴るのもマナー違反だ)
 で、今の自分はそのように怒鳴ることができるのか、ふと自問してみる…
*
 それはそうと、今の教師が生徒に対して「思いやり」のようなものを教えられるのだろうか? 完全週休2日制の導入で詰め込み教育は加速している。そんな中で40人前後を一人で担当し、 いじめが発覚すれば「指導不足」、教育が熱心過ぎれば「体罰」と親やマスコミに叩かれる。
 だいたい大学出てそのまんま教師になった、社会経験も積んでないヤツに社会常識なんて教えられるのだろうか? 過大な期待しても無理というものだ。GTOはやっぱりいない。
*
 2000年前の壁画の文字を解読してみたら「近頃の若いものは…」というくだりがあった、という話を聞いたことがある。 なぁんだ、2000年前から人類なんて変わっていないのだ。
 社会常識はどうせ後に社会の荒波に揉まれて育つはず。この頃はそのように割り切っている。 テストの成績が良くても、マナーが最低なら誰も相手をしないはず。 自覚が出来なければその程度の器だってこと。そう思うと痛快でしょ?

 …え、「今の自分はできるのか」って? もちろん…いや、えっと…

1999年12月5日/すぎうらよしゆき
 冬コミに落ちてしまった。原稿の締切りが延びたのはいいが、書く気までどこかにいってしまったようだ。
 みんなもそうなのかな? そうだといいな。うん。

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